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東京高等裁判所 平成3年(行ケ)224号 判決 1994年10月04日

オランダ国ロッテルダム、バージミースターズヤコブプレーン1

原告

ユニリーバー・ナームローゼ・ベンノートシャープ

同代表者

アントニオス・ヨハネス・マリア・ドゥリアス

同訴訟代理人弁護士

山崎行造

名越秀夫

伊藤嘉奈子

窪木登志子

松波明博

日野修男

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

同指定代理人

和田靖也

市川信郷

関口博

吉野日出夫

主文

特許庁が昭和63年審判第8876号事件について平成3年4月4日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者が求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「マーガリン脂肪混和物およびその製造法」とする発明について、1982年3月12日、英国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和58年3月11日、特許出願をした(昭和58年特許願第40522号)ところ、昭和63年1月12日、拒絶査定を受けたので、同年5月16日、審判を請求した。特許庁は、この請求を昭和63年審判第8876号事件として審理した結果、平成3年4月4日、上記請求は成り立たない、とする審決をし、その審決書謄本を平成3年5月27日、原告に送達した。なお、出訴のための附加期間90日が付与された。

2  特許請求の範囲第1項の記載の発明(以下「本願第1発明」という。)

「(ⅰ) 10℃で実質的に結晶脂肪を含まない液体油および、

(ⅱ) 硬質原料として、a)炭素数34~42を有するトリグリセリド0~45重量%、b)H2Mトリグリセリド(Hはパルミチン酸又はステアリン酸であり、Mはミリスチン酸又はラウリン酸である)を含むトリグリセリド55~100重量%、およびc)炭素数50~54を有するトリグリセリドから成るマーガリン脂肪混和物。」

3  審決の理由の要点

(1)  本願第1発明の要旨は、前項記載のとおりである。なお、(ⅱ)、b)のトリグリセリドについては、炭素数による限定はないものと認定した。

(2)  本出願の優先権主張日前に国内で頒布された昭和57年特許出願公開第25396号公報(以下「引用例」といい、引用例記載の発明を「引用発明」という。)には、以下の事項が示されている。すなわち、

2.0以下のヨウ素価を有する飽和ババス油と2.0以下のヨウ素価を有する第二の飽和食用油との無作為エステル交換混合物からなるハードストックと液状植物油とを、このハードストックが5~20重量%となるように配合した、ソフトマーガリンの製造に適した脂肪配合物が記載され、上記ババス油と上記第二の飽和食用油との重量比が75:25~40:60であること、第二の飽和食用油として、パーム油及びヤシ油を包含する植物脂肪を水素添加したものが、また、液状植物油として、サフラワー油、ひまわり油、大豆油、とうもろこし油、綿実油、ナタネ油、落花生油、あまに油若しくは小麦胚芽油又はそれらの混合物が、それぞれ示されている。

(3)  本願第1発明と引用発明を対比すると、ババス油の組成は約60%がM-脂肪酸、約30%がH-脂肪酸、水素添加パーム油はほとんどがH-脂肪酸であるから、引用発明の、飽和ババス油と水素添加パーム油とを重量比75:25~40:60で無作為エステル交換した無作為交換混合物は、当然、H2M脂肪を豊富に含むトリグリセリドであることは明らかである。

このことは、前者の(ⅱ)の硬質原料たるトリグリセリド混合物は、具体的には、一部又は完全に水素添加したババス脂と水素添加パーム油との無作為エステル交換により得られたものである(特許請求の範囲第11項及び第13項)ことからもいえる。

そうすると、両者は、ひまわり油等の液状油及び少なくともH2M脂肪を含むことが明らかな硬質原料からなる、いいかえると、ひまわり油等の液状油及び飽和ババス油すなわち一部又は完全に水素添加したババス脂と水素添加パーム油との無作為エステル交換混合物からなる硬質原料とからなる、マーガリン脂肪配合物である点で同一である。

(4)  以上のとおりであるから、本願第1発明は、引用発明と同一発明であるから、特許法29条1項3号により、特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の認定判断のうち、審決の理由の要点(2)は認めるが、その余は全て争う。審決は、本願第1発明の特許請求の範囲第1項(ⅱ)、b)の技術的理解を誤った結果、本願第1発明の上記(ⅱ)、b)の構成について、引用発明との対比判断を遺脱したまま、両発明を同一としたものであり、違法であるから、取消しを免れない。すなわち、

審決は、本願第1発明の特許請求の範囲第1項(ⅱ)のうち、「b)H2Mトリグリセリド(Hはパルミチン酸又はステアリン酸であり、Mはミリスチン酸又はラウリン酸である)を含むトリグリセリド55~100重量%」の技術的意義を、トリグリセリドの炭素数に限定はなく、また、H2Mトリグリセリドを含んでいれば足りると認定し、これを前提として本願第1発明と引用発明とは同一であると判断したものである。しかしながら、上記b)の構成の技術的意義についての審決の理解は、以下のとおり誤っている。

(1)  マーガリン脂肪混和物は、味覚、口蓋への付着、臭い等の理由から炭素数32以下及び同56以上のトリグリセリドの混入を排除する、すなわち、炭素数が34ないし54となるようにその組成を構成するのが一般である。ところで、本願第1発明の特許請求の範囲第1項には、炭素数が34~42のトリグリセリドはa)に、炭素数が50~54のトリグリセリドはc)にそれぞれ記載されているところ、特許請求の範囲の記載において、1成分が複数の構成要件を充足することにより他の成分と区別できなくなるような重複記載は許されないことからすると、b)に記載のH2Mトリグリセリド(Hはパルミチン酸又はステアリン酸であり、Mはミリスチン酸又はラウリン酸である)を含むトリグリセリドの炭素数は44~50になるが、上記a)及びc)のトリグリセリド以外のトリグリセリドでなければならないから、その炭素数は44~48のものに限定されることになる。

そして、炭素数が44~48のトリグリセリドの大部分がH2Mトリグリセリドとなるのは、以下の理由による。すなわち、トリグリセリドはグリセリンと脂肪酸とのエステルであり、グリセリンは3個の水酸基を有し、このそれぞれの水酸基の水素と脂肪酸の水酸基とがエステル化により脱落してグリセリンと脂肪酸とが結合し、グリセリドとなったものをいう。したがって、トリグリセリドには3個の脂肪酸が結合している。本願第1発明の硬質原料のトリグリセリドb)の炭素数は前記のとおり44~48のものでなければならないところ、この範囲に入るトリグリセリドの3個の脂肪酸残基の組合せは、マーガリン脂肪混和物に使用される典型的な脂肪酸であるパルミチン酸は炭素数16、ステアリン酸は炭素数18、ミリスチン酸は炭素数14、ラウリン酸は炭素数12の脂肪酸であることからすると、脂肪酸残基の炭素数を12~18に限れば、その炭素数は以下のとおりとなる。すなわち、H3トリグリセリドは脂肪酸残基の炭素数がいずれも16の場合のみが1回、HM2トリグリセリドは、炭素数が44の場合が2回(H=16、M2=14/14の場合とH=18、M2=12/14の場合)、46の場合が1回(H=18、M2=14/14の場合)が上記の範囲に入るのに対し、H2Mトリグリセリドは、炭素数44の場合が1回(H2=16/16、M=12の場合)、46の場合が2回(H216/16、M=14の場合とH2=16/18、M=12の場合)及び48の場合が2回(H2=18/18、M=12の場合とH2=16/18、M=14の場合)が上記の範囲に入る。したがって、炭素数44~48の範囲内でH2Mトリグリセリドの存在する確率は9分の5であるから、上記の炭素数44~48の範囲内では、H2Mトリグリセリドが主たる成分であることが明らかである。そうすると、本願第1発明の前記(ⅱ)、b)は、「H2Mトリグリセリド(Hはパルミチン酸又はステアリン酸であり、Mはミスチリン酸又はラウリン酸である)から主として成る炭素数44~48を有するトリグリセリド55~100重量%」と把握すべきものである。

(2)  上記のように把握すべきものであることは、本願明細書の以下のような記載に照らして明らかなところである。すなわち、本願明細書には、「本発明は44~48個の範囲の炭素数を有するトリグリセリド、すなわち2飽和C16~18-脂肪酸および1飽和C12~14-脂肪酸からのトリグリセリドは非常に有効な硬質原料を構成する」(9頁9行ないし12行)とあり、この記載は、44~48の炭素数を有するトリグリセリドをH2Mトリグリセリドと同定している。また、「本発明による脂肪混和物は・・・脂肪(ⅱ)、トリグリセリドの55~100重量%は44~48個の範囲の炭素数を有するトリグリセリド(b)より成り、・・・」(9頁16行ないし10頁5行)とあり、「トリグリセリド(b)は16又はそれより多い炭素原子、好ましくは16又は18個の炭素原子の鎖長を有する2飽和又はモノトランス脂肪酸および12又は14個の炭素原子の鎖長を有する1飽和脂肪酸からのトリグリセリドを過半量で含む。脂肪(ⅱ)は44~48個の炭素数を有するトリグリセライド(b)を60~100%を含むことが好ましい。」(10頁18行ないし11頁5行)等の記載があり、これらの記載からみても、前記の把握が正当であることが明らかである。

(3)  ところが、審決は、前記(ⅱ)、b)のトリグリセリドの炭素数に限定はないとし、また、このトリグリセリド中にH2Mトリグリセリドが含まれていれば足りると上記構成の技術的意義を把握し、これを引用発明と対比し、両発明はこの点においても一致するとしたものであることは前記審決の理由の要点に照らして明らかである。しかしながら、前記(ⅱ)、b)のトリグリセリドの炭素数は前述したように炭素数44~48に限定されているところ、審決は、上記のように炭素数が限定された(ⅱ)、b)のトリグリセリドが同項所定の55重量%以上引用発明に含まれているか否かについて何ら検討していないことは被告の自認するとおりであるから、両発明を同一とする審決の判断過程に判断の遺脱があることは明らかであり、この判断の遺脱が審決の結論に影響することは明らかである。なお、念のため、本願第1発明の(ⅱ)、b)の要件を満たすトリグリセリドの引用発明における含有量について検討すると、その量はせいぜい45重量%止まりであり、本願第1発明における55重量%以上の要件を満たすものではない。したがって、審決は、本願第1発明の(ⅱ)、b)に規定する炭素数44~48のトリグリセリド55重量%以上とする構成が引用発明に含まれるか否かについての判断を遺脱したまま、両発明を同一としたものであるから、その判断が誤っていることは明らかである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

請求の原因1ないし3は認めるが、同4は争う。審決の認定判断は正当である。

1  原告は、前記(ⅱ)、b)に関する原告主張の正当性は本願第1発明の特許請求の範囲第1項の記載自体から明らかであると主張するが、誤りである。すなわち、前記の記載からみると、本願第1発明に用いられる硬質原料は、前記a)ないしc)の各トリグリセリドからなることが明らかであり、a)のトリグリセリドの炭素数は34~42、c)のトリグリセリドの炭素数は50~54とそれぞれ特定されているところ、b)のトリグリセリドはH2Mトリグリセリドを含むトリグリセリドであるからその炭素数は44~50である。すなわち、b)のトリグリセリドはH2Mトリグリセリドを含むトリグリセリドであるから、H2Mトリグリセリドとしては炭素数の一番小さい44(パルミチン酸の炭素数16×2+ラウリン酸の炭素数12=44)のものから炭素数の一番大きい50(ステアリン酸の炭素数18×2+ミリスチン酸の炭素数14=50)のものまで含まれるからである。そうすると、a)のトリグリセリドは炭素数34~42であるからb)のトリグリセリドから排除されるが、c)のトリグリセリドはb)のトリグリセリドと炭素数50において重複する。このような場合、a)ないしc)の各トリグリセリド自体はいずれも当業者にとって客観的に明確なものであり、単にb)のトリグリセリドはそれに含有される脂肪酸の種類の観点から規定されているのに対し、a)、c)のトリグリセリドは含有される脂肪酸の炭素数の観点から規定されているにすぎないのである。このように、本願第1発明におけるマーガリン脂肪混和物、なかんずくその硬質原料の構成は客観的に明確なものといえる。のみならず、b)のトリグリセリドはH2Mトリグリセリド以外に他のトリグリセリド、例えばa)やb)のトリグリセリドも含み得るのであるから、その点でもc)のトリグリセリドと重複することはあり得るのである。原告は、特許請求の範囲の記載において重複記載は許されないとするが、その根拠は明らかではなく、本願明細書の特許請求の範囲第1項の記載は前記のように一義的に解釈できるものである。また、本願第1発明における硬質原料は、a)のトリグリセリドもc)のトリグリセリドも0重量%であって、b)のH2Mトリグリセリドを含むトリグリセリドのみである場合もあり、その場合は前記のような重複記載に該当しないことは明らかである。したがって、b)のトリグリセリドの炭素数が44~48に限定されるとする原告の主張は理由がない。なお、前記c)の割合については特許請求の範囲において特定されていないから、その使用割合は任意であり、特許請求の範囲第22項及び発明の詳細な説明を参酌すると、c)のトリグリセリドの使用割合は0~20重量%が好ましいものと記載されている。

したがって、前記(ⅱ)、b)のトリグリセリドの炭素数に限定はないとして、本願発明と引用発明が同一であるとした審決に誤りはない。

2  原告は本願第1発明の特許請求の範囲第1項(ⅱ)、b)の「含む」なる記載は、炭素数44~48の範囲内ではH2Mトリグリセリドが主たる成分であることを意味すると主張するが、原告の解釈は、「主として成る」という構成要件と、「炭素数44~48を有する」という構成要件を新たに付加したものであって、特許請求の範囲の解釈を超えるものであるから、到底容認できるものではない。

なお、パルミチン酸、ステアリン酸、ミリスチン酸、ラウリン酸が、マーガリン脂肪混和物に用いられる典型的な脂肪酸であり、かつ、それらの炭素数は、パルミチン酸が16、ステアリン酸が18、ミスチリン酸が14、ラウリン酸が12であることは認める。

第4  証拠

証拠関係は書証目録記載のとおりである。

理由

1  請求の原因1ないし3は当事者間に争いがない。

2  本願第1発明の概要

いずれも成立に争いのない甲第2号証の2(願書添付の明細書)及び同第3号証(昭和63年5月16日付け手続補正書、以下一括して「本願明細書」という。)によれば、本願第1発明の概要は、以下のとおりであると認められる。

本願第1発明は、脂肪含量を減少させたマーガリン及びスプレッド、特に比較的高レベルの高度不飽和脂肪酸を有する油中水型エマルジョンスプレッドの製造に適する脂肪混和物に関するものである(本願明細書7頁7行ないし11行)。このようなマーガリン及びスプレッドの製造に適する脂肪混和物は、10℃で実質的に結晶脂肪を含まない油を意味する液体油及び液体油が捕捉されるマトリックスを形成するいわゆる硬質原料である比較的高融点を有する脂肪を含む。マーガリン及びスプレッドに対しては油の浸出を示すことなく容易に伸展できること、また、マーガリンは15~25℃の範囲内の温度で一定のコンシステンシー(硬さ)を有することがそれぞれ重要であり、これらの要求は、高度不飽和脂肪酸特にリノール酸タイプの主要源である液体油のレベルに限度があることを示している。硬質原料から製造されたマーガリンの口内反応を改良し、飽和脂肪酸残基に対する高度不飽和脂肪酸残基の比率を増加させ、好ましくは3.0~4.0の範囲の値を達成するために硬質原料のレベルをできるだけ減らす努力がなされてきたが、硬質原料のレベルを全脂肪混和物の10重量%より減少させると最終生成物に不十分なコンシステンシーを生ずることになるため、上記のような低レベルの硬質原料による脂肪混和物は非常に困難であることがわかった。他方、ベニバナ油のようなリノール酸の豊富な油の実質量を添加することにより高度不飽和脂肪酸のレベルを増加させることは経済的ではない(明細書7頁12行ないし8頁16行)。

そこで本願第1発明は、液体油及び比較的少割合の硬質原料を含む新しい脂肪混和物を見いだし、本願第1発明の特許請求の範囲第1項記載の構成を採択したものであり、この結果、比較的少割合の硬質原料により予期されたものより高いコンシステンシーと、比較的低割合の高融点脂肪の存在による良好な官能性、及び飽和脂肪酸に対する高度不飽和脂肪酸が高比率であるマーガリンを得ることが可能となったものである(明細書8頁17行ないし9頁6行)。

3  取消事由について

原告は、審決認定の本願第1発明の特許請求の範囲第1項(ⅱ)、b)の「H2Mトリグリセリド(Hはパルミチン酸又はステアリン酸であり、Mはミリスチン酸又はラウリン酸である)を含むトリグリセリド55~100重量%」との記載の技術的意義は、「H2Mトリグリセリド(Hはパルミチン酸又はステアリン酸であり、Mはミスチリン酸又はラウリン酸である)から主として成る炭素数44~48を有するトリグリセリド55~100重量%」と把握されるべきであると主張するので、以下、この点について検討する。

(1)  本願第1発明の特許請求の範囲第1項の(ⅱ)、b)の「トリグリセリド」の炭素数について

当事者間に争いのない本願第1発明の特許請求の範囲第1項の記載のうち、(ⅱ)が硬質原料の組成、すなわち、硬質原料の構成成分であるa)、b)、c)の各トリグリセリド及びこれらの各構成成分の重量割合を規定したものであることは、上記(ⅱ)の記載自体から明らかなところである。そして、このように特許請求の範囲の記載において、混合物を構成する各成分の重量割合を限定した趣旨に照らすと、特段の事情がない限り、各構成成分はそれぞれ他の構成成分と区別し得ることを前提にしているものと解するのが相当である。なぜなら、仮に、前記の各構成成分が互いに重複する場合を含むときには、重複する部分を有する構成成分については、その重量割合を確定することができず、ひいては混合物において各構成成分の重量割合を限定した趣旨が失われるからである。

ところで、本願第1発明の特許請求の範囲第1項の「(ⅱ)、b)」における前記a)及びc)は、トリグリセリドを炭素数で特定しているのに対し、b)においてはこれを脂肪酸の種類によって特定しているところ、混合物における構成成分の重量割合を限定した前述の趣旨に照らすと、特段の事情がない限り、これらは相互に区別し得る構成成分であるはずであるから、他に区別し得る特段の事情がない限り、炭素数においても区別し得るはずである。そして、前記b)の「H2Mトリグリセリド(Hはパルミチン酸又はステアリン酸であり、Mはミリスチン酸又はラウリン酸である)」の炭素数が44~50であることは当事者間に争いがなく、この事実からすると、上記b)のトリグリセリドは、炭素数50のトリグリセリドにおいて前記c)の構成成分と重複することとならざるを得ない。そこで、前記b)とc)の相互の関係を、混合物において構成成分の重量割合を限定した前記趣旨に照らしてみてみると、前記c)は炭素数50を含むことを疑問の余地なく明確に規定していることはその記載自体から明らかであることからみて、前記b)の構成成分中には炭素数50のトリグリセリドを含まないものと解するのが相当というべきであり、これと別異に解することを相当とする特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

そうすると、以上によれば、前記b)の構成成分の炭素数は44~48に限定されているものと解するのが前記(ⅱ)項全体の趣旨に合致するものというべきである。

この点について被告は、特許請求の範囲に記載の個々の構成成分自体の意義がそれぞれ一義的に明確に記載されている以上、各構成成分が重複しても差し支えないと主張する。確かに、前記(ⅱ)の記載においては、そこに記載の個々の構成成分自体を、他の構成成分との関係を考慮することなく、別々にみた場合には、各構成成分の意味するところはいずれも一義的に明確であるといえる。しかしながら、上記(ⅱ)は、前述したように、本願第1発明の硬質原料の組成を明らかにしているものであるから、個々の構成成分自体が明らかであったとしても、他の構成成分との関係をも踏まえてみた場合に、全体の混合物の組成が不明確になる場合においては、各構成成分相互の関係を考慮することなくそれぞれの各構成成分の意義を確定することは、かえって全体の組成を不明確ならしめるものとして、組成を規定した趣旨に反する結果となり、相当ではないというべきである。このような場合には、特許請求の範囲の記載の趣旨を踏まえ、その全体を矛盾なく解釈する方法を探究すべきであることは当然のことというべきであり、このような考慮を払うことなく、本願第1発明の前記特許請求の範囲の記載を被告主張のように解した場合には、前記b)とc)の構成成分が炭素数50において重複する場合を生ずることは明らかであり、この場合にはその重複部分はいずれの成分に入るか不明といわざるを得ない結果、これらの構成成分の割合を確定することができず、結局、混合物の組成を限定した特許請求の範囲第1項の趣旨が失われることは明らかであるから、被告の前記主張は採用できないというべきである。

もっとも、本願第1発明における特許請求の範囲第1項の記載から、本願第1発明における硬質原料は、a)及びc)のトリグリセリドが0重量%であって、b)のH2Mトリグリセリドのみが100重量%である場合を含み、その場合にはc)の構成成分との関係でb)のH2Mトリグリセリドの炭素数を44~48に限定して解釈する必要はなく、b)のH2Mトリグリセリドには炭素数50のトリグリセリドをも含むものと理解され、特許請求の範囲の記載のみでは、その技術的意義は一義的に明確といえない、とする余地がある。

そこで、本願明細書の発明の詳細な説明を参酌して前記b)の技術的意義について検討すると、前掲甲第2号証の2には、「本発明による脂肪混和物は:-液体油(ⅰ)、10℃で結晶脂肪を実質的に含まない、-脂肪(ⅱ)、トリグリセリドの55~100重量%は44~48個の範囲の炭素数を有するトリグリセリド(b)より成り、トリグリセリドの0~45重量%は34~42個の範囲の炭素数を有するトリグリセリド(a)および50~54個の範囲の炭素数を有するトリグリセリド(c)より成る」(9頁16行ないし10頁4行)との記載が認められ、これらの記載が本願第1発明の前記(ⅱ)、b)のトリグリセリド一般について述べたのものであることは、前記各記載自体から明らかであることからすると、前記(ⅱ)、b)のトリグリセリドの炭素数は44~48と解するのが相当であり、前記解釈の正当性を裏付けているものというべきである。

(2)  審決が、本願第1発明の前記(ⅱ)、b)のトリグリセリドの炭素数には限定がないとの理解に立ち、その混合物中における含有量においても引用発明と一致するとしたものであることは前記のとおり当事者間に争いがない。してみると、前項に述べたとおり、上記(ⅱ)、b)のトリグリセリドの炭素数は44~48に限定されるべきものであるから、審決は、このように炭素数が限定されたトリグリセリドについて、引用発明が本願第1発明の上記(ⅱ)、b)に規定する重量割合の要件を充足するか否かについての判断を遺脱したものといわざるを得ないというべきである。そして、この点について検討することなく両発明の同一性の有無を決することができないことはいうまでもないところであるから、上記の判断遺脱は結論に影響することは明らかであり、審決は違法として取消しを免れないというべきである。

(3)  そうすると、その余の点について検討するまでもなく、審決は、本願第1発明の特許請求の範囲第1項の前記(ⅱ)、b)の技術的意義の把握、すなわち本願発明の要旨の認定を誤り、ひいては引用発明との対比判断を遺脱したものといわざるを得ないから、違法として取消しを免れない。

4  よって本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)

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